« ギレンの野望 ティターンズ編② | トップページ | ギレンの野望 ティターンズ編③ »

2008年2月26日 (火)

評論

先日読んだ「薬師寺涼子の怪奇事件簿 水妖日にご用心」ですが、その後他人の批評を見て回りました。

ぶっちゃけ酷評ばかりでしたw

まぁ自分も評価は低いですが。

もちろん少数ながら、ものすごく楽しかったと言う批評もありましたけどね。

で、関連する話題を思い出した、、、

「人は芸術家になれない時に評論家になる。ちょうど兵士になれない時に密告者になるように。」

フランスの小説家ギュスターブ・フローベールの言葉。

芸術家は芸術作品を創る人、芸術評論家はその作品を評論する人。

芸術家は自分が感じとった感性を元にそれを形にすることが仕事。

芸術評論家はそれを独自に解釈して作品に意味を与える仕事。

鑑賞者は芸術作品を観て何かを感じ取る訳だが何を感じ取ったのか良くわからないから芸術評論家の解釈を聞いて、なるほどと納得する。

多くの人に何らかの感情・感動を与える作品を芸術と考えれば、このブログで扱っているアニメや特撮・ゲームなんかも芸術と言えるのかも知れない。

もちろん、多くの芸術家や芸術評論家は認めないでしょうがねw

そういう意味でブログの普及により多くの一般人が芸術批評をしている今の時代。

批評する事自体は別にかまわないと思ってる。

同じ作品でも人によって受ける感覚は別だろうし、多数の批評は色々な角度からの見方を個人が得られると言う点では利点であるだろうし。

ただ、、、

よく自分の行くブログが先日炎上してました。

映画関係の批評が載ってて結構好きだったんだが、とある映画の批評が、、、

「見れば分かる。見てもわかんない人は人間としてどうかと思う」

みたいな書き方してたんですわ。

よーく考えてほしい。

これって批評じゃないよな?

俺の知る限りこう言った批評を多くするのがクラッシック系の自称愛好者。

自分が音楽やってた事もあって、自称クラッシック愛好者の人とはよく会話したりする。

自分が感じ取った事を表明するからこそ批評。見れば分かるじゃ批評とは言わないでしょ?

個人的に作品を批判するのは別にかまわないと思う。それが自分の受けた印象なら。

まぁそのせいで炎上する事もあるわけだが、それはそれで一つの感想だから仕方ない。

自分の受けた感想を全く相手に伝えず、あの作品から何も感じなかったの?wっていうのは人を馬鹿にしているとしか思えん。

そういう意味でなんか勘違いしている芸術評論家気取りが多数居る気がするよなー・・・

別にそれが悪いとは言わんが、少なくとも俺はそうならないようにしなくちゃ!

あぁ、それ以前に、、、、、

多くの人の参考になる感想書かないとダメかな?

とても他人の参考になる感想が書いてあるとは自分自身思えないわw

と言っても直さないけどね。

|

« ギレンの野望 ティターンズ編② | トップページ | ギレンの野望 ティターンズ編③ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129008/40273892

この記事へのトラックバック一覧です: 評論:

« ギレンの野望 ティターンズ編② | トップページ | ギレンの野望 ティターンズ編③ »